7時20分の、キッチンで

10月の、平日の朝。7時20分。みはるさんは、キッチンで朝ごはんを作っている。ご飯、みそ汁、卵焼き、トマト。いつも20分ほどで作る。子どもは小5の双子。兄のかえでと妹のあやめは、7時45分に家を出る。
みそ汁の鍋を火にかける。底に、昨日の焦げが薄く残ったままだ。
卵を溶いて、フライパンに流す。巻こうとすると、端がくっついた。油を足す。まだくっつく。フライパンの真ん中だけ、つやがない。菜箸ではがしているあいだに、隣でみそ汁が吹きこぼれた。
火を止めて、ふきんでコンロを拭いて、卵焼きに戻る。端は、少し焦げた。時計は、7時32分。
トマトを切って、炊飯器からご飯をよそう。かえでとあやめが、テーブルにつく。「いただきます」。ふたりとも、いつも通り食べる。

買い物なら、みはるさんは、もう前ほど迷わない。迷ったら、3秒だけ立ち止まる。そして「私は何を大切にしたいんだっけ?」と自分に聞く。でもそれは、何かを選ぶときの話だ。キッチンでは、毎朝同じ物を手に取るだけで、選ぶ場面が来ない。
「まだ、使える…よね?」
使える。焦げても、くっついても、朝ごはんはできる。ただ、毎朝少しずつ、時間がかかるようになっている。
「替えるほどじゃ、ないんだけどな」
あなたの台所で、「まだ使える」から使い続けている道具は、どれですか?
3つの見方で、見分ける
「まだ使える」より、「まだ合っている」で見る。
台所道具の多くは、ある日急に使えなくなるのではなく、少しずつ使いにくくなります。だから「まだ使える」のまま、毎日が続きます。
「合っている」は、今の道具で、今の料理が前と同じように作れているかどうか。作りにくくなってきたことは、道具に出ます。それを、立ち止まるきっかけにします。
サインで、見る
くっつく、焦げが落ちにくい、切れにくい。ひとつずつは小さくても、「前より時間がかかっていないか」で見ると、気づけます。
消耗品か、育てる物か、で分ける
フッ素樹脂などの表面加工で滑らせる物は、使ううちに加工がすり減っていきます。こちらは消耗品。鉄やステンレスの道具、研げる刃物は、手入れをすれば戻ります。こちらは育てる物。消耗品は替えどきを見て、育てる物は手入れで長く使えます。
うちの料理で、考える
朝の20分で家族の朝ごはんを作る台所と、週末にゆっくり作る台所では、合う道具が違います。何を、どれだけの量、どれくらいの時間で作るか。それが変われば、同じ道具でも合わなくなります。
まだ合っているかが見えていれば、「まだ使う」も「替える」も、自分で選んだことになります。
朝ごはんのあと、見て回る

-
フライパン
「真ん中のつやがない所は、いつからだっけ」
表面の加工は、使ううちにすり減る。決まった年数の目安はない。すり減ると、くっつきやすくなる。年数より、くっつき方で見る。
替えどき焦げつく所と、つかない所が、まだらになったら。
-
鍋
「底の焦げは、洗っても薄く残る」
ステンレスの鍋なら、底の焦げは重曹を入れて煮ると落ちやすい。こすって戻せるので、育てる物。表面加工の鍋は、こすれないぶん消耗品に近い。
替えどきステンレスは、焦げでは替えない。表面加工の鍋は、フライパンと同じく、くっつき方で。取っ手が割れたら、どちらも。
-
包丁
「トマトは、まだ切れる。皮の所で、少しだけ止まる」
切れ味は、研げば戻る。家で使える研ぎ器もある。研いで戻せるので、育てる物。
替えどき替える前に、研ぐ。研いでも戻らなくなったら。
-
炊飯器
「よそったあと、内釜の底に、ご飯が少しはりつく」
内釜の加工がはがれると、ご飯がはりつきやすくなる。内釜は、部品として買える物が多い。
替えどきはりつくなら、まず内釜。子どもが大きくなって炊く量が変わったら、本体。
夕方の、同じコンロで
日が暮れるころ、練習着のままのかえでが、冷蔵庫を開けた。
「おなかすいた。目玉焼き、作っていい?」
家庭科が始まってから、かえでは家でも何か作りたがる。夕飯の支度をしていたみはるさんは、包丁を置いて、横から見ている。
かえでが、朝のフライパンに油をひいて、卵を落とす。少しして、フライ返しを差し込む。動かない。力を入れて、もう一度。黄身が、崩れた。
「あー」

みはるさんの手が、油のボトルに伸びかけて、止まった。
「毎朝、手のほうが、フライパンに合わせていた」
