9月の、平日の夕方に

9月の終わりの、平日の夕方。朝、みはるさんがいつも通りベランダに干して、さっき取り込んだ洗濯物が、今日もソファで山になっている。
みはるさんの家は4人家族。小5の双子の兄妹、かえでとあやめ。夫のさとるさん。週末の洗濯はさとるさんが回してくれるけれど、平日は、みはるさんの番だ。4人分のタオルとシャツと靴下、それにふたりの体操服が、ひとかたまりになっている。
洗うのは、もう迷わない。洗剤は、泥汚れに強いやつに決めてある。回せば終わる。
それでも、洗濯は楽になっていない。
スポーツの練習から帰ってきたかえでが、山に手を突っ込んだ。
「体操服、明日いるんだけど。どこ?」
山の下のほうから、白い体操服が出てくる。かえでは、それをつまんで振った。
「乾いてる。……しわしわだけど」
かえでは、それをソファの肘かけに引っかけて、手を洗いに行った。
夕飯の支度がある。ふたりの宿題も見る。今週は、さとるさんの帰りも遅い。山は、夜まで、そのままソファに残る。明日の夕方には、また新しい山が来る。
「ちゃんとって、どこまで?」
タオルは角をそろえて三つ折りにする。シャツはしわを手でのばしてから畳む。畳んだら、ひとりずつの引き出しに入れていく。4人分、全部そこまでしていたら、夜が終わる。かといって、しないと、なんだか、ちゃんとしていない気がする。
「畳む時間さえあれば、山にはならないのに」
あなたの家では、洗濯のどこを、いちばん「ちゃんと」やっていますか?
3つの見方で、見直す
「ちゃんと」は、止まる所に使う。
「ちゃんとやりたい」と思っても、洗濯の全部に、同じだけ手をかけることはできません。洗濯は、ひとつの家事に見えて、じつは洗う、干して乾かす、畳む、しまう、の連なりです。手が止まっている所に「ちゃんと」を使うと、その先の工程まで軽くなります。
大切なのは、使ってみて「次はこうしてみよう」と思えること。洗濯なら、その「次」は工程ごとに見つかります。
工程で、分ける
洗濯をひとかたまりで見ていると、どこがしんどいのかが分かりません。工程に分けて、ひとつずつ見ると、手が止まる所が見えてきます。止まる所は、家によって違います。
道具に任せるか、手でやるか、で分ける
工程ごとに、道具に任せるか、手でやるかを決めます。任せられる所は、道具に任せる。手でやる所は、手をかける物を減らす。どちらが合うかは、工程によって違います。
うちの量と場所、で考える
4人分と2人分では、1回に干せる量も、干す場所の広さも違います。ベランダか、部屋の中か。よその家の「これで楽になった」が、うちでも同じとは限りません。
止まる工程が1つ分かれば、選ぶ道具も、そこから1つに絞れます。
うちの洗濯を、工程で見る

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洗う(洗濯機・洗剤)
「スイッチを押したら、あとは待つだけ。ここは、もう大丈夫」
泥や汗の汚れは、合う洗剤を選べば、ほとんど洗濯機に任せられる。泥がひどい物は、乾かして泥をはたき落としてから、洗剤をつけて洗うと落ちやすい。
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干して乾かす(物干し・ハンガー・ピンチ)
「物干しは、ベランダに1本。うちに乾燥機はない。朝のうちに干せば、夕方には乾いている」
干す場所の広さと天気で、乾くまでの時間が変わる。部屋干しなら、除湿機やサーキュレーター、浴室乾燥、衣類乾燥機という手もある。
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畳む
「畳むのは、夕飯のあと。ソファの前で、4人分」
畳み方をそろえるほど、時間がかかる。畳まずに、ハンガーのままかけてしまう手もある。
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しまう
「引き出しは、ひとりずつ。どこに何があるかは、みんな知っている」
しまう場所が決まっていると、家族が自分で取りに来られる。
夜の、ソファで
その日の夜。夕飯のあと、みはるさんは山の前に座った。
「自分の分、持っていって」
あやめは「自分でやる」と言って、自分の服だけ抱えてリビングを出ていった。
かえでは残った。山を崩して、ソファの上に並べはじめる。
「これ、パパの。これ、ママの。あやめ、靴下忘れてる」

みはるさんは、タオルから畳みはじめた。すぐ畳めた。ピンチハンガーにゆったり干せた靴下も。畳むこと自体は、嫌いじゃない。手が重くなるのは、しわの深い物のときだけだ。さとるさんのシャツ。自分のブラウス。一枚ごとに、しわを手でのばしている。
肘かけの体操服を取る。背中の半分だけ、しわが深い。そこだけ、まだ少ししっとりしている。
今朝のベランダ。7時前。最後のハンガーを取ったところで、手が止まった。まだ、体操服とタオルが残っている。時計を見て、2枚を1本に重ねてかけた。シャツは、隣と肩がふれるくらい詰めて並べた。ハンガーは、4人分の朝には、足りない。今朝だけじゃない。平日の朝は、だいたいこうだ。
「朝の『干す』が、夕方の山を作っていた」
