夏休みの最後の週の、午後のテーブルで
夏休みの最後の週。小5の双子の、兄のかえでと、妹のあやめ。午後のリビングのテーブルに、あやめが去年の筆箱を置いた。ピンクの、布の筆箱。
テーブルの端には、学校のプリント「二学期の持ち物について」。筆箱の行には、こうある。「無地で、飾りやキャラクターのない物。缶は使いません。中身をそろえ、鉛筆は削っておきます。すべてに名前を」。その横の余白に、みはるさんの字で「筆箱は、あやめ」。
おとといの夕方、そう決めて、あやめに言った。
「筆箱は……あやめ、好きなの選んでおいで」
「ほんと? やった」
「ピンクじゃなくてもいい?」
「ピンクじゃなくてもいい」
あやめがファスナーを開けて、中身を出していく。鉛筆、赤青鉛筆、白い消しゴム、ものさし、名前ペン。底から、短くなった鉛筆が1本と、消しゴムのかすが少し出てきた。
選び直すのは、あやめだけだ。かえでの筆箱は、去年のをそのまま使う。
みはるさんは、並んだ中身を見ていた。言いたいことが、先に浮かぶ。
「5年生なら、布のままでいいんじゃない? 高いのにして、すぐ飽きたら……」
好きなの選んでおいで、とは言った。
「……売り場で、黙っていられるかな」
駅の近くまで、みはるさんも用がある。出かける前に、あやめに言った。
「プリントの決まりに合わなかったら、それだけは言うね。あとは、言わない」
お金を渡す。「この中で」。あやめは、中身を袋に入れて、うなずいた。

あなたは、子どもが選んだ物に、口を出したくなったこと、ありますか?
選ぶ前に、見る所
決まりは、理由ごと渡す。口を出す所は、先に言っておく
筆箱は、子どもに選ばせてかまいません。見る所は3つ。学校の決まり、学年で増える中身、口を出す所とお金です。それと、親が覚えておくことが1つあります。
学校の決まりと、その理由
筆箱の決まりは、国ではなく、学校ごとです。5年生で変わる学校もあります。調べた学校の中には、「5年生からは、ファスナー式も可」とする学校もあれば、「6年間使用しましょう」と箱型を続ける学校、5年の学年通信で「1年生入学時に購入した形のもの」と書く学校もありました。
調べた学校の多くが書いていたのは、5つです。プリントと見比べてみてください。
- 柄やキャラクター、飾りのない物
- 缶は使わない
- シャープペンシルは使わない(学年で条件をつける学校も)
- 鉛筆は家で削ってくる
- 中身のすべてに名前
筆箱に付いた鉛筆削りを、学校では使わない、とする学校もあります。
学校は、理由まで書いていることがあります。
- 箱型を勧める学校:「ふたを開けるとすぐに中身を確認することができ」
- 袋の形を控える学校:「中身が増えすぎたり、中身が確認できず、探すのに時間がかかったり」
- 缶を控える学校:「落とした時の音が大きく、壊れやすいです」
決まりだけでなく、理由ごと見せると、子どもは、その理由で選べます。
決まりは、今の学期のプリントか、学校のホームページの「学校のきまり」で見ます(学校のきまりの調べ方は、上履きの選び方の記事にも書きました)。急がないなら、今の筆箱で始業式を迎え、連絡帳か、学校の連絡アプリ(担任に質問を送れる場合)で聞いてから買っても間に合います。「揃っていれば買いなおす必要はありません」と書く学校もありました。
中身は、学年で増える物まで
高学年の筆箱の中身は、学校の案内では、鉛筆5本ほど、赤青鉛筆、消しゴム、ものさし、名前ペン。ものさしは、折りたたみや金属の物を使わない学校もあります。
高学年になると、増えることがある物があります。丸つけに使う赤のペン(ノック式やボールペンを使わない学校もあります)、タブレットのタッチペン(「4年生以上」で、「自分の責任で管理」とする学校)。どちらも、学校から案内があってから足します。タッチペンは、型が決まっていることもあります。入れるなら、長さと太さも見ます。
机の上には、教科書とノートに、タブレットが並びます。筆箱を置ける所は、思っているより狭いこともあります。
今の筆箱から中身を出して並べると、何が増えて、何が要らないかが、子どもにも見えます。
店に行く前に、2つだけ言っておく
先に言っておくのは、2つです。「決まりに合わなかったら、それだけは言う」と、使っていいお金。額は、家ごとに決めます。参考に、いくつかの作り手のページで値段を見ると、箱の筆箱も布のペンケースも、多くは千円台から2千円台で、箱のほうが数百円高めの物が多くあります(税込。2026年10月に確認)。店では、これより安く売られていることもあります。
それ以外の、色、形、開け方、手ざわりは、本人の目で選びます。売り場で口を出したくなったら、それが決まりに当たるかだけを考えます。当たらなければ、言いません。店に行く前に言っておくと、売り場で黙るのは、子どもとの約束を守ることになります。
親が覚えておく、1つのこと
箱や包み(買ったときの袋や帯)に、作り手の修理のことが書いてあれば、その中身と、レシートのしまい場所を覚えておきます。書いていなくても、かまいません。今の筆箱が壊れて買い替えるときも、先に、その筆箱の修理のことを見ます。
決まりは、理由ごと渡す。中身は、増える物まで。口を出す所とお金は、店に行く前に。
出典
- 学校の決まり・理由:小学校の学習のきまり・持ち物の案内(東京・神奈川・埼玉・千葉・滋賀・兵庫・大阪・広島・佐賀の17校。2026年10月に各校・自治体のサイトで読んだ)
駅の近くの、文具売り場で
駅の近くの、ショッピングセンター。文具の売り場の奥に、学校で使う物の棚がある。片側に布のペンケース、反対側に箱の筆箱が、色ごとに並んでいる。
みはるさんは、少し離れたノートの棚の前に立った。あやめを、目だけで追う。
あやめは、まず布のペンケースの列へ行った。淡い色の1つを手に取って、ファスナーを開ける。みはるさんは思った。
「やっぱり、そっちか」
あやめは、それを戻した。反対側の列へ回って、箱の筆箱の前で止まる。みはるさんの喉まで、言葉が来た。
「それ、1年生のみたいじゃない?」
口には出さなかった。決まりには、当たらない。みはるさんは、ノートを1冊、手に取った。
棚の端に、ふたの開いた見本が並んでいる。あやめが、水色の見本のふたを開けた。袋から鉛筆を出して、1本ずつ入れてみる。消しゴムを入れる。ふたを閉めて、また開ける。

それから、同じ水色の包みを1つ取って、レジへ行った。
戻ってきたあやめが、みはるさんの手に、おつりとレシートをのせた。

「これ」
みはるさんは、うなずいただけだった。
その夜の、テーブルで
夜。あやめが、テーブルで、袋の中身を新しい筆箱へ移していた。鉛筆を1本ずつ。赤青鉛筆、消しゴム。鉛筆の名前を、1本ずつ見ている。

「なんでそれにしたの?」
みはるさんが聞くと、あやめは、手を止めずに答えた。
「ふたを開けたら、すぐ見えるから。前のは、探してるうちに、先生の話が進んでた」
少しして、「……あと、この色」。
箱の筆箱は、布のより、ランドセルの中で場所をとる。あやめは、ランドセルを開けて、ノートの並びを入れ替えた。
空になったピンクの筆箱は、あやめが自分の部屋へ持っていった。「家で、色鉛筆入れる」。
みはるさんは、あのとき言わなかったことを、まだ言わずにいる。

