温湿度計の棚の前で

きのうの朝、娘のあやめの声は、かすれていた。リビングの窓は、下のほうから濡れていた。加湿を足すのか、弱めるのか。それを決めるための数字が、ほしかった。

ゆうべ、みはるさんは決めていた。明日、温湿度計を、ひとつ買ってこよう。

昼すぎのホームセンター。温湿度計の棚は、思っていたより長かった。

丸い針の物。手のひらに乗る、小さなデジタル。時計のついた物。画面の大きな物。値段も、ずいぶん幅がある。

小さなデジタルのひとつは、湿度を「45.3%」と、小数点の下まで出していた。

「細かく出るほうが、正確なんじゃないの?」

箱の裏を、読む

小数点より、「±」の幅を見る

数字がずれていたら、加湿の決め方もずれます。ただ、表示の細かさと、数字の確かさは、別のものです。「0.1%」まで出るのは、画面が細かく刻めるということ。どこまで合っているかは、箱の裏や取扱説明書、通販なら商品ページの「精度」の欄に、「±」で書いてあります。

冬の部屋では、「±」の幅が広がる

「±5%」なら、画面が50%のとき、実際は45〜55%のどこか。前後に5ずつの幅です。箱には「±5%(湿度40〜80%、室温20〜30℃)」のように、かっこの中に条件が書いてあります。この幅が守られるのは、その条件の中だけ。外では、±7〜10%ほどに広がる物が多くあります。

冬の部屋は、室温が20℃に届かないことも、湿度が40%を下回ることもあります。条件の外になりやすく、多くの物で幅が広がって、物どうしの差は、表示の上ではつきにくい。値段の差も、そのまま確かさの差とは限りません。

画面に50%と出た小さな温湿度計の絵と、30から70の目盛りの上の2本の帯。条件の中は45から55、条件の外は42から58の、広い帯
画面の数字が50のとき。「±5%、それ以外±8%」の物の例

同じ部屋に2台を並べて数字が違っても、壊れているとは限りません。±5%どうしの2台なら、10ポイントほど違っても、どちらも仕様の中です。どちらが正しいかは、家では確かめにくい。見る1台を決めて、その1台で見ていきます。

誰が、どこから見るか

確かさで差がつかなければ、次は、見る人と、見たいことで選びます。離れた所から読みたいのか。一日の変わり方を残したいのか。出かけた先からも見たいのか。それによって、合う物は変わります。

困ったときに、聞ける先があるか

湿度のセンサーは、粉じんや、アルコール、接着剤などの近くで使うと、ずれが早まることがあります。数字がおかしいと思ったときに、修理や確かめ直し(校正)を頼める窓口があるか。取扱説明書や作り手のページで、見ておくと安心です。

小数点より、「±」の幅。差がなければ、誰が見るか。

みはるさんが、選んだのは

みはるさんは、棚の箱を、ひとつずつ裏返した。

どの箱も、「±」のあとに、かっこで条件が書いてある。その条件は、似たようなものだった。

数字を見るのは、自分だけじゃない。ソファから、あやめも、双子の兄のかえでも見る。画面の大きな物がいい。

それから、困ったときに聞ける先。それは、箱の裏には書いていない。取扱説明書は、箱の中だ。

みはるさんは、スマホを出した。作り手のページで、画面の大きな物の取扱説明書を開いてみる。注意の欄の最後に、修理と確かめ直しの窓口が書いてあった。

その1台は、棚にはなかった。値段は、手のひらの物より高い。少し迷って、その場で、スマホで頼んだ。届くのは、2日後。毎日、家族で見る数字だから。

買ってくるつもりだった温湿度計は、かごには入らなかった。

届いた日、置き場所を探す

2日後の午後、箱が届いた。電池を入れると、測り始めた合図にブザーが鳴って、ランプが光り、画面に数字が出た。

取扱説明書を開いた。直射日光や、冷暖房の熱や風が、直接当たらない所に。加湿器など、結露のもとになる物から、離して。背中の通気口は、ふさがないで。センサーはケースの中にあって、その通気口から入る部屋の空気を測っている。

窓のすぐ横には、加湿器がある。その近くは、やめた。ソファのあたりは、エアコンの風が当たる。そこも、やめた。リビングのテーブルの端に置いた。

冬のリビング。木のダイニングテーブルの端に、ソファのほうへ向けた白い温湿度計。窓のすぐ横の床に、白い加湿器

置いてすぐの数字は、まだ正しくない。センサーが部屋の空気になじむまで、時間がかかる。説明書には「30分以上」とあった。手で持っていると、体の熱や湿り気で、数字がずれる。みはるさんは画面から手を離して、30分、そのままにした。

夕方の数字を、読む

夕方、あやめが学校から帰ってきた。ランドセルを置くなり、テーブルの上の画面をのぞき込む。

夕方のリビング。学校から帰ったあやめが、テーブルの温湿度計の画面をのぞき込んでいる。後ろにラベンダーのランドセルと、窓際の白い加湿器

「38って、低いの?」

声は、もう、かすれていなかった。

この日の朝も、窓は濡れていた。でも、ガラスが冷えていれば、部屋が乾いていても、窓は濡れる。夕方の部屋の数字は、38だった。

みはるさんは、売り場で読んだ、かっこの中を思い出した。画面の温度は、20℃を少し下回っている。湿度も、40より下。どちらも、条件の外だ。この1台の説明書には、条件の外は「±8%」とあった。

家の湿度の目安は、40〜60%。38の前後に8なら、30ぐらいかもしれないし、46ぐらいかもしれない。

「低いかもね。今夜も加湿器をつけて、あしたの同じ時間に、また見てみよう」

あやめは「ふうん」と言って、もう一度、画面を見た。みはるさんも、隣で同じ数字を見ていた。

「ひとつの数字で、決めなくていいんだ」