夜の台所で、測る
10月の、平日の夜。夕飯の片づけを終えて、みはるさんは、朝のフライパンを洗った。
その朝は、卵焼きの端がくっついた。油を足しても、くっついた。夕方には、双子の兄のかえでが、同じフライパンで目玉焼きを焼いた。フライ返しが動かなくて、黄身が崩れた。
洗い終えたフライパンを、流しの灯りにかざす。真ん中だけ、つやがない。
替えよう、と思った。
引き出しから巻き尺を出して、内側を測った。ふちからふちまで、26cm。家族の朝ごはんを作るのに、大きさで困ったことはない。替えたいのは、大きさではなかった。
週末、かえでを連れて、台所用品の売り場へ行った。「また、目玉焼き作るし」と、かえではついてきた。
壁に、フライパンがずらりと吊るしてあった。箱にも札にも、大きな文字が並んでいる。「長持ち」。「〇倍」。こすっても平気だったという、回数の数字。
「どれも、長持ちって書いてある」
あなたの家のフライパン、買うとき、何を見て選びましたか?
選ぶ前に、見る所
「長持ち」は、取っ手と底の作りで
表面の加工は、使ううちに、少しずつすり減ります。表面加工のフライパンには、いつか替える日が来ます。だから見たいのは、その日までを長くする所です。
長持ちは、数字より作りで
「〇万回」の多くは、こすっても下地が見えなかった回数として書かれています。アルミの調理器具の日本産業規格(JIS)にあるのは、200℃に熱して3,000回こすり、下地が見えなければ合格、という試験。それより多い回数を試すときの共通のやり方は、調べた限り、見つかりません。何をどうこすったかが違う数字どうしは、比べられないのです。「〇倍」は、何と比べた数字かを見ます。その会社の前の品と比べた物もあります。
見るのは、加工より、本体の作り。ひとつは、取っ手の留め方です。取っ手は、はみ出した炎で熱が回ると傷み、外れることがあります。ねじで留めてあれば、ゆるんだときに締め直せます。もうひとつは、底の厚さ。底が反ったりへこんだりすると、IHでは温度をうまく測れなくなることがあります。IHの家なら特に、底の厚さは、反りにくさを考える手がかりのひとつです。品質表示が付いている物なら、「材料の種類」のかっこの中に書いてあります。
大きさは、今の1枚で測る
札の「寸法」は、ふちの内側の直径です。外側や、取っ手までの長さではありません。今の1枚で困っていないなら、同じ大きさで。
重さは、使う人の手で
重さは、品質表示の項目にありません。売り場では、持ってみるのがいちばん確かです。同じ大きさでも、材料と作りで重さは変わります。作り手のページで、重さ(g)を確かめられることもあります。片手で持ち上げて、皿に移すのは、誰でしょう。
IHの家なら、IHで使えると書いてある物を。加工のはがれを気にせず、長く育てていきたいなら、鉄のフライパンもあります(使う前の油ならしや、使ったあとの手入れがあります)。炒め物をたくさん作る家は、今の1枚より、ひとまわり大きく。家によって、合う1枚は変わります。
長持ちは、取っ手と底の作りで。大きさは、今の1枚で。重さは、使う手で。
出典(名前を押すと、資料の説明のページへ)
- こすっても下地が見えないかの試験:日本産業規格(JIS S 2010)
- はみ出した炎で取っ手が傷み、外れる:製品評価技術基盤機構の台所用品の事故の調べ
- 底が反ったりへこんだりすると、IHが温度をうまく測れない:製品評価技術基盤機構のIH調理器の注意
売り場で、持ってみる
みはるさんは、品質表示の札を読んでいった。表面加工。材料の種類と、かっこの中の底の厚さ。寸法。取っ手の付け根を、裏からのぞく。ねじで留めてある物と、そうでない物があった。
かえでが、1枚ずつ持ち上げていく。厚いステンレスの1枚で、手首が下がった。
「重っ。うちのより重い」
隣の、底の厚い1枚を持つと、すっと上がった。
「これ、うちのより軽い」
片手のままだった。
その1枚の型には、26cmがなかった。札には、作り手の名前と住所が書いてある。みはるさんは、札をスマホで撮った。

その夜、みはるさんは、うちのフライパンを、台所のはかりに載せた。かえでの「うちのより軽い」を、数字にしておきたかった。
札の写真の名前で、作り手のページを開いた。売り場の1枚の重さが、載っていた。うちのコンロは、ガスだ。同じ作り手の、26cmで、ガスの火で使う1枚があった。重さは、売り場の1枚と、ほとんど変わらない。はかりの数字より、軽かった。底の厚さも、書いてある。
取扱説明書も、作り手のページで読めた。炎は、底からはみ出させない。2つ口のコンロなら、隣の口の炎が、取っ手に当たらない向きに。
値段は、今のフライパンを買ったときより、高い。でも、毎朝使う物だ。みはるさんは、その夜のうちに頼んだ。
届いた日の、夕方
数日後、練習から帰ったかえでが、台所をのぞいた。
「目玉焼き、作っていい?」
みはるさんは、隣の口で、夕飯の鍋を火にかけていた。かえでは、新しいフライパンを置くと、取っ手を、隣の鍋の火に当たらない向きにした。説明書に、書いてあった。火は、底からはみ出さない大きさに。
油を薄くひいて、卵を落とす。しばらく待って、焼けたところで火を止め、片手でフライパンを持ち上げて、皿に移した。

毎朝のフライパンは、もう、みはるさんだけの道具ではなかった。重さを決めたのは、かえでの手だった。

