玄関の、紺のリュック

夏休みの最後の週末の朝。みはるさんは、玄関のフックに掛かった紺の通学リュックを見ていた。

双子の兄のかえでは、小学5年生。4年生の春にランドセルをやめて、このリュックにした。タブレットと水筒で、毎朝「重い」と言っていたから。学校は、ランドセルでもリュックでも、どちらで通ってもいい。

どのリュックにするかは、かえでは何も言わなかった。みはるさんが一人で、札に「軽い」と書いてある1つを選んだ。

横のポケットは、浅い。ミントの水筒を差してみると、上の半分が飛び出した。だから水筒は、リュックの中。飲むたびに、下ろして、開けている。

「横のポケットが大きいやつ」。数日前に、かえでとそう約束した。今日、一緒に見に行く。

「前は、『軽い』で選んだ。今度は、何を見ればいいんだろう」

みはるさんは、通学用のリュックを置いている店を調べてから、かえでに言った。

「水筒、持っていこう。空のままでいいから」

あなたの家の通学かばん、最後に選んだのは、いつですか?

選ぶ前に、見る所

札の言葉より、背負った姿で

通学のかばんは、毎日、同じ体が背負います。その体は、1年でも変わります。だから見たいのは、札の言葉より、背負った姿です。

背負って、上の端と下の端を見る

米国の小児科の学会は、背負うかばんを、腰の高さから、肩の少し下までに収めるように勧めています(日本では、公的な目安は見つかりませんでした)。

肩ベルトを締めると、かばんが背中に近づくか。胸のベルトで、肩ベルトがずれ落ちないか。

10歳と11歳の男の子の平均身長は、6cmあまり違います(学校保健統計。ひとりの伸びではなく、平均の差です)。だから、ベルトに、これから伸ばせる長さが残っているかも見ます。大きめを選びたくなりますが、大きすぎると、下の端が腰より下に出ます。

今のかばんでも、今夜、確かめられます。

リュックを背負った男の子を横から見た絵。リュックの上の端は肩の少し下、下の端は腰の高さ。胸のベルトを留めていて、タブレットと水筒が背中の側に入っている
横から見たところ(点線は、中に入れた物)

水筒は、体から離さずに

消費者庁は、斜め掛けの水筒をつけたまま転んで、おなかを強く打った子どもの事故を挙げて、水筒は「なるべくリュックサック等に」入れるよう呼びかけています。

でも、登下校の途中で、飲むたびにかばんを下ろすのでは、続きません。背負ったまま、取り出せるか。

外に大きく張り出したポケットは、取りやすい一方で、そのぶん重さが体の横に寄ります。米国の整形外科の学会は、重い物は、かばんの下のほう、真ん中に、と書いています。水筒も、重い物のひとつです。

背中から見た男の子を 2 人並べた絵。左は、リュックの横の網のポケットに水筒があり、外に張り出して重さが横に寄る。右は、水筒をリュックの中の真ん中に入れていて、体の近くにある
背中から見たところ

札や表示で、入る水筒が分かればいいのですが、布のリュックには、品質表示を付ける決まりがありません(家庭用品品質表示法で表示が決まっているのは、牛や馬などの革を使ったかばんだけです)。作り手のページに、入る水筒の大きさまで書いてある物は、調べた中では見つかりませんでした。うちの水筒を持って行って、入れてみるのが確かです。

軽さより、重い物を入れる位置

リュックそのものより、中に入れる物のほうが重い。タブレットも、水筒も。ある市の教育委員会が出した荷物の重さの目安の表でも、リュックより、端末や水筒のほうが重く書かれています(町田市教育委員会)。だから、かばんの軽さだけでは決まりません。

重い物を、背中の側に寄せて入れられるか(上の、横から見た絵の点線の位置です)。重い物は背中の側に、と米国の小児科の学会も書いています。同じ学会は、荷物の重さは体重の15%までに、とも勧めています。背負った子が前かがみになるなら、重すぎるしるしです。

教科書を学校に置いて帰るなど、荷物を減らす工夫の例は、文部科学省も2018年に学校へ示しています。学校の決まりを聞いてみるのも、ひとつの手です。

家によって、答えは変わります。

  • 今のかばんが、まだ体に合っているなら、買い替えなくてもかまいません。
  • 学校の決まりや、子どもの気持ちで、ランドセルのまま通う家もあります。ランドセルでも、同じ所を見られます。
  • 入学のときに長く使う1つを選びたいなら、入学の前に注文しておく通学かばんもあります。水筒を持たない学校なら、横から取れる作りは、そこまで要りません。

上の端と下の端は、背負って見る。水筒は、体から離さずに。軽さより、重い物を入れる位置。

出典(名前を押すと、資料の説明のページへ)

  • 背負う位置・重い物は背中の側に・荷物は体重の15%まで・前かがみは重すぎるしるし:米国小児科学会の保護者向けサイト
  • 重い物は、かばんの下のほう、真ん中に:米国整形外科学会の一般向けサイト
  • 水筒は、なるべくリュックサックなどに:消費者庁の子どもの事故のお知らせ
  • 荷物を減らす工夫の例:文部科学省(2018年)

売り場で、背負ってみる

かばんの売り場には、通学用のリュックが並んでいた。かえでは、まっすぐ、横のポケットが外に大きく張り出した1つへ行った。空の水筒を差して、背負ったまま、横から抜いてみる。

「これ、すぐ取れる」

かばんの売り場の通路。青い T シャツのかえでが、灰色のリュックを背負ったまま、横に大きく張り出した網のポケットから、ミントの水筒を抜いている。ふくらんだポケットが、腕のすぐ横にある

みはるさんは、かえでの横に回った。水筒の分だけ、かばんの横が、体からふくらんでいる。

かえでは、そのまま通路を少し歩いた。横にふくらんだ所が、歩くたびに腕に当たる。かえでは、黙ってリュックを下ろした。

隣のもう1つを手に取った。外に、水筒を差す横のポケットはない。水筒は中に入れて、横のファスナーから出し入れする形だ。かえでは、空の水筒を手に持ったまま、中のホルダーと、横のファスナーをのぞいた。

売り場で、かえでが黒い四角いリュックを手に持ち、横の面の縦のファスナーを少し開けて、中をのぞいている。もう片方の手には、空のミントの水筒

その形に、紺は、なかった。かえでは、薄いベージュの1つを手に取った。

「汚れ、目立たない?」

「いい。これ」と、かえでは言った。

同じ形で、大きさの違う物が並んでいた。みはるさんは、大きいほうを見た。大きいほうなら、中学でも使えるかもしれない。中学のかばんは、学校が決めていることも多いけれど。

かえでが、両方を背負って、通路を歩いてみる。みはるさんは、しゃがんで、かばんの上の端と、下の端を見た。

夏の終わりの、かばんの売り場。棚に色とりどりのリュックが並ぶ。青い T シャツのかえでが、薄いベージュの四角いリュックを背負って向こうを向いている。ラズベリー色のブラウスのみはるさんが、しゃがんで、リュックのほうを見ている

「こっち」

かえでが選んだのは、小さいほうだった。みはるさんの目にも、上の端が、肩の少し下に収まって見えた。大きいほうは、下の端が、腰より下に出ていた。

値札を見た。前のリュックより、高い。あと1年半しか、使わないのに。

前のリュックを選んだ日を、思い出した。あの日は、値段と、札の「軽い」しか見ていなかった。

みはるさんは、胸のベルトの留め具と、小さな反射のワッペン、防犯ブザーを付ける輪を確かめてから、レジへ持っていった。

二学期の、最初の朝

始業日の朝。玄関は、いつもより荷物が多かった。夏休みの宿題が、紙袋にひとつ。

かえでは、新しいリュックを背負って、胸のベルトを自分で留めた。

フックには、紺のリュックが掛かったままだ。

ランドセルを背負った双子の妹のあやめが、先にドアを開けた。かえでが続く。

始業日の朝の玄関。壁のフックに、紺のリュックが掛かったまま。隣のフックは空いている。薄いベージュのリュックを背負ったかえでが、肩ベルトに手をかけて玄関に立っている。フックの下のベンチに、夏休みの宿題の紙袋。ラベンダーのランドセルのあやめが、ドアを開けて先に出ながら、振り返っている

前は、札の「軽い」を読んだ。今度は、かえでの肩と腰を見ていた。